SaaSスタートアップのキャリアパス|転職で押さえるべきポイント
売る人が足りず、作る人は足りている
SaaSスタートアップのキャリアを考えるとき、最初に押さえるべき数字があります。
厚生労働省の職業情報提供サイト(job tag)の有効求人倍率(令和6年度)を並べます。
| 区分 | 有効求人倍率 | 就業者数 | 平均年収 | 時間当たり賃金 |
|---|---|---|---|---|
| コンサルティング営業(IT) | 4.02 | 581,280人 | 659.4万円 | 3,140円 |
| プログラマー | 0.94 | 389,760人 | 578.5万円 | 2,819円 |
| ITコンサルタント | 0.89 | 656,770人 | 889万円 | 4,026円 |
4.02という数字
1人の求職者に4件以上の求人があります。この記事で扱う3区分のなかで突出しています。
0.94という数字
作る側は、募集と求職者がほぼ釣り合っています。人が足りないと言われる領域ですが、統計上は逼迫していません。
この非対称が意味すること
SaaSの事業は、プロダクトを作ることと、それを売り続けることの両方で成り立ちます。しかし労働市場では、売る側のほうが圧倒的に足りていません。
キャリアへの含意
売る側に回れば、転職の選択肢は広がります。ただし、年収は659.4万円で、ITコンサルタントの889万円を下回ります。需要は高いが単価は高くないという構造です。
この差を埋める仕組みが、次に述べるストックオプションです。この記事では、その構造を踏まえて入社後の進み方を整理します。本記事の内容は2026年8月時点の公開情報にもとづきます。制度の解釈や個別の判断は事情により変わりますので、税務署や専門家にご確認ください。
ストックオプションが、現金の差を埋める設計
SaaSスタートアップの報酬は、現金だけで語れません。株式による報酬が組み込まれることが一般的です。
税制適格ストックオプション
租税特別措置法第29条の2は、一定の要件を満たす新株予約権の行使による経済的利益について、非課税の扱いを定めています。要件のうち、キャリアを考えるうえで重要なものを挙げます。
権利行使の期間
同条は、新株予約権の行使について、付与決議の日後2年を経過した日から、当該付与決議の日後10年を経過する日まで と定めています。さらに、当該株式会社がその設立の日以後の期間が5年未満である場合には、付与決議の日後15年を経過する日まで に延長されます。
年間の権利行使価額
その年における権利行使価額と、その年に既にした特定新株予約権の行使に係る権利行使価額との合計額が 1,200万円 を超えることとなる場合について、規定が置かれています。
株式の管理
金融商品取引業者等の振替口座簿への記載・記録、営業所等への保管の委託・管理等信託のほか、株式会社が帳簿を備え、権利者の別に、当該株式の取得その他の異動状況に関する事項を記載し、又は記録することによって当該株式を管理する方法 も定められています。
キャリアへの含意
権利行使の始期が付与決議から2年後であることは、最低2年は在籍しないと権利を行使できないことを意味します。SaaSスタートアップで「まず2年」と言われるのは、この構造とも関係します。
設立5年未満の会社では期間が15年まで延びます。若い会社ほど、長い時間軸で報酬を設計できる仕組みです。
入社後の進み方と、評価が切り替わる時期
| 時期 | 主な状態 | この時期の分岐 |
|---|---|---|
| 入社〜6か月 | 製品と顧客を覚える。既存の型で動く | 立ち上がりの速度 |
| 6か月〜2年 | 数字を持つ。型を作る側に回る | 再現できる型を作れるか |
| 2〜4年 | 組織を作る。人を採用し育てる | 自分以外を動かせるか |
| 4年以降 | 事業や機能の責任者へ | 経営の議題を扱えるか |
この業界の特徴は、時間軸の短さです。他の業界で3年かかる段階が、1年で来ることがあります。組織が急拡大するためです。
最初の関門は6か月です。job tagのコンサルティング営業(IT)の区分では、入職後訓練は「6か月超〜1年以下」が最多(17.9%)とされています。この期間で立ち上がれるかが見られます。
2つ目の関門は2年目前後です。自分が数字を出せることと、その方法を他の人が再現できるようにすることは別です。ここで役割が分かれます。
売る側で伸ばす道
新規獲得、既存の拡大、解約の防止。収益に直接責任を持つ方向です。
評価される要素
- 数字を再現できる型にしたか
- 解約の理由を製品側に返せたか
- 自分以外のメンバーが同じ成果を出せるようにしたか
必要なスキル
job tagのコンサルティング営業(IT)の区分では、他者とのかかわり4.7、傾聴力3.9、達成感3.7、交渉3.5、説明力3.5 が示されています。最上位が「他者とのかかわり」である点が、この職種の性質を表しています。
在籍中に積むべきもの
- 型を作った経験 — 個人の成果ではなく、再現できる手順にしたこと
- 解約を止めた経験 — 獲得より難しく、語れる人が少ない領域です
- 製品側と協働した経験 — 顧客の声を、開発の優先順位に反映させたこと
2つ目が、この業界で最も価値のある経験です。SaaSの収益は継続で成り立つため、止める技術は獲得の技術より重く扱われます。
作る側で伸ばす道
もう一つは、プロダクトそのものを作る側です。
市場の状況
job tagのプログラマーの区分は有効求人倍率0.94、就業者数389,760人、時間当たり賃金2,819円。需給は逼迫しておらず、単価も高くありません。
この構造での伸ばし方
技術の深さだけでは、この区分の水準に留まります。抜けるには、何を作るかを決める側に回る必要があります。ITコンサルタントの区分が時給4,026円であることが、その差を示しています。
SaaS特有の要素
自社製品であるため、受託と違って「顧客が決めた要件」がありません。何を作るかを自分たちで決めます。この判断に関われるかが、キャリアの分かれ目になります。
関連する領域 — SaaS業界のキャリア、SaaS業界の動向もあわせてご覧ください。
エージェントベストの見解
SaaSスタートアップを検討される方に、ストックオプションの条件を数字で確認することをお勧めしています。よくあるのが、付与の株数だけを聞いて判断してしまうケースです。確認すべきは4つあります。ひとつ、税制適格の要件を満たす設計か。租税特別措置法第29条の2は、権利行使を付与決議の日後2年を経過した日からとしており、それより早く行使できる設計にはできません。ふたつ、権利行使価額はいくらか。みっつ、発行済株式総数に対する割合はどれだけか。株数だけ聞いても、母数が分からなければ意味がありません。よっつ、退職した場合の扱い。この4つを聞いて、答えが揃わない会社は、制度設計が固まっていない可能性があります。現金部分が低い提示を受け入れる判断は、この4つが分かってからにしてください。
この経験の次にある選択肢
- 別のSaaSスタートアップへ — 同じ型が通用しやすく、移動が活発です
- メガベンチャー・大手のSaaS事業部へ — 規模のある環境で同じ仕事をする
- 事業会社の事業開発へ — 買う側に回る
- 独立・起業へ — 型を作った経験が土台になります
- VC・投資側へ — 事業の伸び方を内側から見た経験が効きます
1つ目が最も多い進路です。SaaSの事業構造は共通する部分が多く、経験が持ち運べます。
注意点 — ストックオプションは、退職すると失効する設計が一般的です。移るタイミングは、権利行使の可否と合わせて考える必要があります。
会社の段階で、積める経験が変わる
シード〜アーリー(〜20人程度)
役割が固定されていません。売ることも作ることも支援も、一人で複数を担います。設立5年未満であれば、ストックオプションの行使期間が15年まで延びる区分に該当し得ます。
ミドル(20〜100人程度)
型を作る段階です。個人の力で回していたものを、仕組みに変える仕事が中心になります。最も採用が活発な段階です。
レイター(100人〜)
組織が機能ごとに分かれます。専門性を深められる一方、裁量の範囲は狭くなります。
上場前後
制度が整い、管理の仕事が増えます。ストックオプションの価値が確定に近づく時期でもあります。
選び方の要点 — 何もない状態から作りたいならアーリー、型を作りたいならミドル、専門を深めたいならレイター。自分が前職でどちらに手応えがあったかで選ぶと、ずれが小さくなります。
エージェントベストの見解
5年後を考えるとき、この業界では「売る側か作る側か」の非対称を意識しておく価値があります。job tagの数字では、IT営業の有効求人倍率が4.02、プログラマーが0.94。売る側は転職の選択肢が圧倒的に多く、作る側は競争があります。ただし年収は営業659.4万円に対しITコンサルタント889万円で、逆転しています。つまり、売る側は移りやすいが単価が上がりにくく、作る側は移りにくいが決める仕事に回れば単価が上がる。どちらを選ぶかは好みですが、5年後に効いてくるのは「決める仕事をしたか」です。売る側でも、価格を決めた、対象顧客を絞った、解約の原因を製品仕様に返した。こうした判断の経験があれば、営業の枠を超えます。数字を達成した話だけでは、4.02という需給に支えられた転職を繰り返すことになります。
まとめ
SaaSスタートアップのキャリアパスについて、押さえるべき点を整理します。
- IT営業の有効求人倍率4.02に対し、プログラマーは0.94。売る側が足りていない
- ただし年収は営業659.4万円、ITコンサルタント889万円。需要は高いが単価は高くない
- 租税特別措置法第29条の2は、権利行使を付与決議の日後2年を経過した日からと定めている
- 設立5年未満の会社では、行使期間が付与決議の日後15年を経過する日まで延びる
- 年間の権利行使価額は1,200万円の限度が置かれている
- 2年目の分岐は、自分の成果を再現できる型にできるか
本記事の内容は2026年8月時点の公開情報にもとづきます。統計の数値は調査区分全体のものであり、特定の企業の実態を示すものではありません。制度の要件や税務上の取扱いは改正されることがあり、個別の判断は事情により変わりますので、国税庁の公表資料や税理士等の専門家にご確認ください。
よくある質問
Q. ストックオプションは、いつから行使できますか。
A. 租税特別措置法第29条の2の要件では、付与決議の日後2年を経過した日からとされています。それより早く行使できる設計にはできません。最低2年の在籍が前提になると考えるのが実務的です。
Q. 設立5年未満だと、何が違いますか。
A. 権利行使の終期が延びます。通常は付与決議の日後10年を経過する日までですが、設立の日以後の期間が5年未満である株式会社の場合は15年を経過する日までとされています。
Q. 売る側と作る側、どちらが転職しやすいですか。
A. 統計上は売る側です。IT営業の有効求人倍率は4.02、プログラマーは0.94。ただし年収は営業659.4万円で、ITコンサルタントの889万円を下回ります。移りやすさと単価は別の話です。
Q. 会社の段階は、どう選べばよいですか。
A. 前職でどちらに手応えがあったかで選ぶのが確実です。何もない状態から作るのが得意ならアーリー、個人の成果を仕組みに変えるのが得意ならミドル、専門を深めたいならレイターが近くなります。
- e-Gov法令検索 租税特別措置法 第29条の2(特定の取締役等が受ける新株予約権の行使による株式の取得に係る経済的利益の非課税等)
- 厚生労働省 職業情報提供サイト(job tag)/コンサルティング営業(IT)
- 厚生労働省 職業情報提供サイト(job tag)/プログラマー
本記事は 2026/8/11 時点の公開情報にもとづいて作成しています。