事業承継支援の志望動機の書き方|転職で押さえるべきポイント
「中小企業を救いたい」で止まる理由
事業承継支援の志望動機で最も多いのが、「後継者不足という社会課題を解決したい」「中小企業の技術を次の世代につなぎたい」という書き方です。
真摯な動機ですし、この領域を志望する方の実感でもあります。しかし、選考では材料になりません。理由は2つあります。
理由1:全員が書く
応募者のほぼ全員が同じ主旨を書きます。区別がつきません。
理由2:実務の難所に触れていない
この領域の難しさは、社会課題の大きさではありません。関係者全員の合意を取り付けることです。
中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律(経営承継円滑化法)の第4条第1項は、旧代表者の推定相続人及び会社事業後継者が、その全員の合意をもって、書面により、後継者が取得した株式等の価額を遺留分算定財産に算入しないこと等を定めることができるとしています。
1人でも反対すれば、成立しません。
読み手が知りたいこと
反対を解いた経験があるか。そして、長い時間に耐えられるか。
この記事では、志望動機に何を入れれば噛み合うのかを整理します。本記事の内容は2026年8月時点の公開情報にもとづきます。制度の解釈や個別の判断は事情により変わりますので、専門家にご確認ください。
志望動機に入れる3つの材料
| 材料 | 具体化する内容 | 出どころ |
|---|---|---|
| 解いた反対 | 誰が、何を理由に反対し、どう合意に至ったか | 自分の実務 |
| 待った時間 | 結論が出るまで、どのくらい関わり続けたか | 自分の実務 |
| 選んだ理由 | なぜM&Aではなく事業承継支援か | 業界の構造 |
1つ目が、この領域で最も差がつく材料です。次の節で扱います。
2つ目は、案件が数年に及ぶこの領域に固有の材料です。
3つ目は、承継の3つの型を理解しているかが表れます。
反対を解いた経験を、具体で書く
書き方の誤り
「関係者の合意形成を行いました」では、何をしたか分かりません。
書き方の例
「相続人4名のうち2名が当初は反対していました。理由を聞くと、取り分への不満ではなく、後継者である長男の経営能力への不信でした。そこで、3年間の引継ぎ計画を文書にし、達成状況を年1回報告する仕組みを提案したところ、合意に至っています」
なぜこれが効くのか
3つのことが同時に伝わります。反対の理由を分解したこと、理由に応じた打ち手を出したこと、そして時間をかけたこと。
理由の分解が要点
反対には型があります。取り分への不満、後継者への不信、親の判断への不満、事業の将来への不安。 どれかによって、打ち手が変わります。
「説得した」と書かない
家族の間には、事業の合理性では説明できない経緯があります。説得ではなく、理由を聞いたうえで設計したという書き方にします。
事業承継の経験がない場合
利害の異なる複数の関係者から、全員の同意を得た経験を探します。社内の部門間、取引先との交渉、地域の合意形成。形式は問いません。
制度を、担い手の言葉で書く
「なぜ事業承継支援か」に厚みを持たせるには、制度の構造に触れるのが効きます。
押さえておく条文
経営承継円滑化法第4条第1項は、株式等の価額を遺留分算定財産に 算入しないこと、または算入すべき価額を 弁護士、公認会計士、監査法人、税理士又は税理士法人がその時における相当な価額として証明をしたもの とすることを、全員の合意により定められるとしています。
同条第1項の但書は、後継者が所有する株式等のうち定めに係るものを除いたものについて 議決権が総株主の50%を超える場合 は、この限りでないとしています。
同条第3項は、個人事業についても事業用資産を遺留分算定財産に算入しない旨の定めができるとしています。
志望動機への入れ方
条文を書き写す必要はありません。構造への理解を一文で示します。
「制度は用意されていますが、全員の合意という要件があります。技術的に最適な設計を作っても、家族の一人が納得しなければ実行できません。前職で、利害の異なる関係者から全員の同意を得た経験が、この局面で使えると考えました」
避けたい書き方
「事業承継税制を活用して」という書き方は、手段が先に来ています。制度は道具であり、目的ではありません。
3つの型を、書き分ける
事業承継には3つの型があります。応募先がどれを主に扱うかで、書くべき内容が変わります。
親族内承継
遺留分、株式の集中、税負担が論点です。経営承継円滑化法の特例が効く領域です。
従業員承継
遺留分の問題はない代わりに、資金の問題が残ります。 後継者に株式を買い取る資金がなく、個人保証の問題も生じます。金融機関の経験が活きます。
第三者承継(M&A)
相手探し、企業価値、条件交渉が中心です。中小企業庁の中小M&Aガイドライン(第3版)が仲介者・FAの行動を定めています。詳しくはM&A仲介営業の志望動機の書き方、M&Aアドバイザーの志望動機の書き方もご覧ください。
書き方の要点
「事業承継に関わりたい」ではなく、どの型を主に担いたいかを明示します。応募先の案件構成と合っていれば、噛み合います。
前職の経験を、どう接続するか
金融機関(銀行・信用金庫)から
取引先との関係と、財務を読む力を前に出します。接続の要点は、融資の経験です。従業員承継の資金設計に直結します。
会計事務所・税理士法人から
税務と制度の知識を書きます。接続の要点は、家族の調整です。数字の設計と、合意の形成は別の技術だと理解していると示します。
M&A仲介・FAから
第三者承継の実務を書きます。接続の要点は、親族内承継への広がりです。
保険営業から
経営者との関係づくりを書きます。接続の要点は、事業そのものの評価です。
公的機関の支援窓口から
相談を受ける経験を書きます。接続の要点は、案件を完遂する経験です。
事業会社の経営企画から
事業の理解を書きます。接続の要点は、オーナー企業特有の事情です。所有と経営が一致している会社では、判断の構造が違います。
弱い志望動機と、その直し方
「後継者不足の社会課題を解決したい」
全員が書きます。直すには、反対を解いた経験を先に置きます。
「中小企業の技術を次の世代につなぎたい」
理念の表明です。直すには、自分が担える工程を書きます。
「事業承継税制を活用した支援がしたい」
手段が先に来ています。直すには、なぜその手段が要るのかから書きます。
「経営者の右腕になりたい」
役割の希望です。直すには、そのために何ができるかを書きます。
「M&Aの経験を活かしたい」
第三者承継は3つの型のひとつです。直すには、他の型への関心も示します。
現職への不満が透けている
短期の数字を求められることへの不満は、書き方に注意が要ります。この領域にも数字はあります。
エージェントベストの見解
書類で通過率が変わるのは、断念した案件について書けているかどうかです。事業承継支援では、すべての案件が成立するわけではありません。経営者が決断できない、家族の合意が取れない、後継者が辞退する。理由はさまざまです。多くの応募者は、成立した案件だけを並べます。しかし読み手はそれを知っています。「3年関わった案件で、最終的に長男が承継を辞退した。その後、従業員承継に切り替える選択肢を示したが、経営者の意向で廃業となった。振り返ると、初期に後継者候補の意思確認を十分にできていなかった」。この記述があれば、失敗を分析できる人だと伝わります。job tagのM&A区分で交渉4.7が高く示されている一方、この領域では聞くことが先に来ます。断念の分析は、その姿勢の証明になります。
職務経歴書に書くこと
職務経歴書 は事実を並べる書類です。この領域では、次を添えると読み手が判断しやすくなります。
- 扱った承継の型(親族内、従業員、第三者)
- 関係者の数と、その立場(相続人、役員、金融機関)
- 案件の期間(初回の相談から結論まで)
- 反対があった場合、その理由と打ち手
- 士業との協働の内容
- 断念した案件と、その分析
3つ目と6つ目が、この領域に固有の項目です。期間を書ける人は多くありません。
書かないこと — 個人が特定できる家族の事情や、企業の未公表の財務情報は書きません。
転職理由 は、次に何を積みたいかという整理にします。
応募先ごとに、どこを変えるか
金融機関(銀行・信用金庫) — 既存の取引先が対象です。関係の長さと融資の知識を前に出します。
M&A仲介会社の承継部門 — 第三者承継が中心です。案件を動かす力を軸にします。
税理士法人・会計事務所 — 制度と税務が中心です。顧問先からの相談を受けた経験を書きます。
事業承継専門のコンサルティング — 3つの型すべてを扱います。幅広さと、深めたい型を両方示します。
公的機関の支援窓口 — 相談を受ける役割です。聞く力と、専門家につなぐ判断を前に出します。
エージェントベストの見解
面接の終盤で問われるのが、成果が出ない期間をどう過ごすかという点です。経営承継円滑化法第4条が推定相続人の全員の合意を要件としているように、この領域の案件は数年かかります。入社から2年間、成約が1件も出ないことは珍しくありません。ここで「粘り強く取り組みます」と答えるだけでは、実態を想像できていないと見られます。準備としてお勧めしたいのは、進捗の測り方を自分の言葉で持っておくことです。全員の合意が必要である以上、5人中3人が合意している状態は進捗です。後継者候補が意思を固めた、金融機関が資金の目処を示した、税理士が評価を出した。こうした中間の達成を数えられる人は、長い案件にも耐えられます。「売上以外で進捗を測る指標を持っています」と言えると、この領域の構造を理解していると伝わります。
まとめ
事業承継支援の志望動機について、押さえるべき点を整理します。
- 「後継者不足を解決したい」は全員が書き、実務の難所に触れていない
- 経営承継円滑化法第4条は、推定相続人の全員の合意を要件としている
- 入れる材料は、解いた反対、待った時間、選んだ理由の3つ
- 反対には型がある。取り分、後継者への不信、親の判断、事業の将来
- 「説得した」ではなく「理由を聞いたうえで設計した」と書く
- 断念した案件を分析して書ける人は、成立案件だけの人より評価される
本記事の内容は2026年8月時点の公開情報にもとづきます。選考で重視される点は会社によって異なりますので、詳細は各社公式サイトでご確認ください。制度の解釈や個別の判断は事情により変わりますので、専門家にご確認ください。
よくある質問
Q. 事業承継の経験がない場合、何を書けばよいですか。
A. 利害の異なる複数の関係者から、全員の同意を得た経験を探します。社内の部門間、取引先との交渉、地域の合意形成。形式は問いません。反対の理由を分解した過程まで書けると効きます。
Q. 制度の話は、どこまで書くべきですか。
A. 一文で足ります。「全員の合意という要件があるため、技術的な最適解だけでは進まないと理解しています」という程度です。条文を書き写すと、知識の披露に見えます。
Q. 「M&Aの経験を活かしたい」は書いてよいですか。
A. 書いて構いませんが、それだけだと第三者承継しか見ていないと読まれます。親族内承継と従業員承継にも関心があることを添えると、業界の全体像を理解していると伝わります。
Q. 断念した案件は、書くと不利ですか。
A. 不利にはなりません。この領域ではすべての案件が成立するわけではなく、採用側もそれを知っています。原因を分析していれば、知見として評価されます。成立案件だけを並べると、かえって浅く見えます。
- e-Gov法令検索 中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律 第4条(遺留分の算定に係る合意等)
- 中小企業庁 中小M&Aガイドライン(第3版)
- 厚生労働省 職業情報提供サイト(job tag)/M&Aマネージャー、M&Aコンサルタント・M&Aアドバイザー
本記事は 2026/8/11 時点の公開情報にもとづいて作成しています。